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宇都宮地方裁判所 昭和30年(わ)155号 判決

被告人 山田長司 外三名

主文

被告人山田長司同早川嘉一郎同阿由葉茂彦を各懲役六月に、被告人島田要三を懲役四月に処する。

但しこの裁判確定の日から被告人山田長司同早川嘉一郎同島田要三に対し各二年間、被告人阿由葉茂彦に対し三年間右各刑の執行を猶予する。

証人飯塚宇一(昭和三一年五月三〇日、同年六月二〇日、同年八月二日、同年九月二〇日、同年一〇月五日、同月一八日、及び同年一一月一日各出頭分)同飯塚幸子(同年一一月一日及び同年一二月一六日各出頭分)同根岸和賀子(同年一二月一六日出頭分)同刀川秀男(昭和三二年六月二七日出頭分)同恩田梅次郎(昭和三三年八月一二日出頭分)同島田幸三郎同根岸保寿同長谷川きち同小堀ヒデ子同岡田マキ子同為貝多十郎同岩井田軍次郎同渡辺照子同竹内好美同三浦茂同伊藤義三同加藤丑蔵同川田博同小林安一同茂垣博同川田正雄同高野忠一同木野内宗平同松永秀樹同永瀬已喜三に各支給した訴訟費用はその五分の三を被告人山田長司の負担とし、

その五分の二を同被告人を除く爾余の各被告人の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人山田長司は、昭和二七年一〇月頃以降衆議院議員となり、昭和三〇年二月二七日施行の衆議院議員選挙の際も、栃木県第二区より立候補の上当選した日本社会党に所属する代議士であつた者、被告人早川嘉一郎は、昭和二五年一月頃より同県宇都宮市に本社を有する関東自動車株式会社の佐野営業所所属自動車運転手として同営業所に勤務し、昭和二九年一二月中旬頃同所の従業員により結成された関東自動車株式会社佐野営業所労働組合(以下単に第一組合と略称する)の組合長であつた者、被告人島田要三は、昭和二二年九月頃より同営業所所属の自動車運転手として同所に勤務し、第一組合結成以来その副組合長であつた者、被告人阿由葉茂彦は、昭和三〇年一月頃共栄商事株式会社なる会社を設立して社長となり、電気器具販売の業務に従事し、かたわら日本社会党佐野支部副支部長をしていた者であるが、右第一組合は所謂チヤージ問題(前記佐野営業所所属の一部のバス運転手及び車掌が、乗客の乗車賃をごまかし着服した問題を指す)につきとつた会社側の一部従業員馘首処分に対するその撤回並びに待遇改善を主たる目的として結成されたものであるところ、右第一組合の結成経緯及びその後の行動につき批判的であつた前記会社の従業員が、同月下旬頃新たに関東自動車株式会社の第一組合員を除く全従業員を対象として関東自動車株式会社労働組合(以下単に第二組合と略称する)を結成し、ついで同年二月二五日前記佐野営業所においても第二組合支援のもとに、関東自動車株式会社佐野支部(以下単に第二組合佐野支部と略称する)を結成したので、いきおい前記営業所における第一並びに第二組合佐野支部の対立は尖鋭化するに立至つた。ところが、その後第一組合員の中で、同組合から脱退して第二組合佐野支部に移る者が漸次増加していつたので、第一組合側としては、これは主として第二組合佐野支部長飯塚宇一の組合員切崩工作によるものとみなしてこれに憤激し、その対策として同年三月二九日夜同県足利市伊勢町所在の赤坂そば屋において第一組合員の家族懇談会を開催したが、その際これに出席した被告人早川同島田をはじめとする第一組合員約十名及び被告人山田同阿由葉並びに栃木県佐野地区労働組合協議会委員長米山誠一郎等外部支援団体員数名は、同日午後一一時過頃前記飯塚の居住する同市南町三七一三番地関東自動車株式会社佐野営業所足利出張所に到り、折柄就寝中の同人に面会を求めた上被告人等は同所階下事務室において、飯塚と面談し、第一組合員切崩工作の中止方を要求したが、飯塚において右事実の無根であることを理由に面談の続行を拒否して同人の居室である同事務室階上へ退席しようとするや、茲に被告人等は、同所に参集した金子恵七等第一組合員並びに前記米山等以上合計十数名とともに、飯塚に対し所期の確言をうるまではあくまでこれを追求し、多数の威力を示して所謂吊し上げを行い、その結果同人を長時間屋外等に抑留し、又同人の出方如何によつては暴行又は脅迫を加えることもありうることを各自認識し、相互にこれを利用する意思を相通じて共謀の上、右共謀者の中須賀照子外二名は、同所においてスクラムを組んで飯塚の退席を阻止し、ついで被告人早川は矢庭に飯塚の右腕を、被告人島田はその左腕を捉え、その余の被告人等を含む同席者は、飯塚を取囲んで強いて同人を屋外路上に連れ出し、前記出張所より東方へ約三〇米離れた同町三七一一番地喜久住旅館前路上に連行し(以上はいずれも監禁開始の行動)、同所において、飯塚の強硬な態度に憤激する余り、同人を取囲んでいた一人が飯塚の腰部を背後から突き、同人が転倒するや、被告人早川は飯塚の左足を蹴つた上靴で踏みつけ(以上は暴力行為等処罰に関する法律違反の行動)同人が立ち上つて後も被告人等を含む前記共謀者七、八名の者は飯塚を取囲んだ上約二〇分間、更に交々前記切崩工作中止方の確言を求めて追求を繰返えした。ところが、同所が東武鉄道足利市駅前の路上でかつ附近には屋台店も出ていたので追求の場を他に求めるため更に同所より東北方へ約二四〇米離れた渡良瀬川南側堤防上に同人を連行し、同所においても前同被告人等は、飯塚を取囲んで約一時間三〇分の間同人に対し執拗に前同様の追求を繰返えすとともに第二組合佐野支部へ移つた旧第一組合員の名簿の返還等を迫り(以上は監禁の維持又は継続の行動)、その間飯塚においてこれに応ずる気配がないとみるや、これに憤激する余り、被告人山田は、こんなずるい奴はいない、労働者の敵だなどといいながら飯塚の胸倉を捉えて前後にゆさぶり或いは振り廻し、同人を取囲んでいた中の一人は、飯塚の背後から同人の腰部附近を足で蹴り、被告人阿由葉は飯塚の左腕を捻じあげる等の暴行を加え、更に被告人阿由葉は「こんなずるい奴は川に押しとばして冷やしてやれ、一晩中かかつても話をつけてやる」等といつて脅迫する(以上は暴力行為等処罰に関する法律違反の行動)うち、小雨模様となつたことと、たまたま右堤防上の喧騒さに驚いて出てきた附近に居住する島田幸三郎の勧誘を機に、前同被告人等は翌三〇日午前一時三〇分頃飯塚を同所より東南方へ約八〇米離れた同市南町三六七八番地島田幸三郎方三畳間に引き入れ被告人等を含む前記共謀者の中約一〇名の者は、飯塚を囲み、他の共謀者等が右三畳間に接する作業場等に待機する中を約一時間にわたり前同様の要求並びに両組合の去就をきめるための第一及び第二組合佐野支部の合同大会を開くことの要求等を繰り返えした。しかしそこでも被告人等の意にそう確答がえられなかつたので被告人四名を含む前記共謀者等は更に同日午前二時半頃前記と略同一場所である堤防上に飯塚を連行し約三〇分の間同人を取囲んで前記要求を繰返えした(以上は監禁の維持又は継続の行動)上、被告人阿由葉においては、飯塚の煮え切らない態度に憤激し、こんなずるい奴はどうしても川の中に入れなければならないなどといいながら飯塚の両腕を背後から捻じあげる等の暴行を加え(暴力行為等処罰に関する法律違反の行動)、もつて被告人等は、前記の如く数人共同しかつ多衆の威力を示して飯塚に暴行脅迫を加えるとともに、前記出張所に参集した他の第一組合員及び外部支援団体員等十数名と共謀の上前記の如く同年三月二九日午後一一時過頃から飯塚を同出張所から連れ出して以後同月三〇日午前三時頃まで、前後約三時間半にわたり同人を取囲んでその自由を拘束し、同人の脱出を不能ならしめて不法に監禁したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(被告人及び弁護人等の主張に対する判断)

一、公訴棄却の申立について

1、弁護人大貫大八同猪俣浩三同坂本泰良同鈴木紀男同鎌形寛之同野田宗典は、本件公訴事実に所謂第二組合なるものは、第一組合を相手としてそれに対抗するために結成されたもので第二組合佐野支部も、第一組合の当面の切崩工作を目的として第二組合の指令により急拠結成されたもので、いづれも真正な労働組合ではなく、関東自動車株式会社の御用組合であり、換言すれば、同会社の手先或いは正当な第一組合弾圧を目的として組織されたものに外ならない。このような御用組合の第一組合に対する切崩工作なるものは資本家の労働組合介入工作と一身同体のものであつて、その本質は完全な不当労働行為であるから、第一組合がその切崩工作を防止することは、正当な権利……団結権、団体行動権……の行使である。そして正当な組合活動は、その本質上「多衆の威力」つまり団体的行動により威圧を伴うことは明々白々であつて、その行動から生ずる種々の言動に圧倒されたものがいたとしても組合の右行動の正当性に何等の変動を受けることなく、その行動の団体性は、それ自身いかなる刑罰の対象にもなりえないものである。ところが本件起訴状記載の公訴事実には御用組合たる第二組合の佐野支部長飯塚宇一の第一組合に対する切崩工作を防止する被告人等の正当な一連の組合活動を「多衆の威力」を要件とする暴力行為等処罰に関する法律違反の対象としてとりあげ、又不法監禁の点についても、その団体性を重要な事実的要素として法律的評価をなしている。このような法律的評価は、前述のとおり根本的に間違つているばかりでなく、ことさらに、正当な組合活動の団体性をとらえこれを刑事責任の対象としているのは、明らかに労働組合に対する弾圧であり、或る種の政治的な意図のみを目的としてなされた起訴と謂うべきで、かかる立場においてなされた本件起訴は公訴権の濫用であるから刑事訴訟法第三三八条第四号に基き本件公訴は棄却さるべきであると主張する。そこで本件を仔細に検討してみるに、検察官が弁護人主張のごとき意図のもとに本件公訴を提起したものとは認められないばかりでなく他に適法な公訴権行使の意思なくして公訴を提起した証左も認めがたいから右弁護人の主張は到底採用できない。

2、前記弁護人は、本件公訴事実は、暴力行為等処罰に関する法律違反と不法監禁の二罪を一連の事実として只漠然と羅列しているだけで、如何なる事実が右両罪のいずれに該当するものなのか甚だ瞹眛であり、しかも検察官の数次の釈明をもつてしても結局訴因の特定がなされなかつた。検察官は両罪の関係を併合罪であると主張するが、併合罪を組成する各行為は互に独立していて、本件起訴事実の如く、これが入り乱れて各行為の特定に苦しむが如きは訴因の記載として不適法である。従つてこれは刑事訴訟法第二五六条第三項に違反するから同法第三三八条第四号に基き本件公訴は棄却さるべきであると主張するのでこれを検討してみると、公訴事実はできる限り訴因を明示してこれを記載しなければならないし、このことは公訴の物的な限界を設け、裁判所に対して審判の対象を特定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示して防禦権の行使を全うせしめようとしたところにその法意の存するところ同法第二五六条第三項の規定により多言を要しないところである。従つて右規定の趣旨に反しないと認めえられるかぎり当該公訴事実の訴因は特定されたものというべきである。これを本件についてみると、なるほど弁護人主張のごとく本件起訴状記載の公訴事実は、暴力行為等処罰に関する法律違反と監禁との両罪に該当する一連の事実を発現の順序に従つて記載し、一見或る場合における暴行若くは脅迫が右両罪のうちのどの罪を構成する事実(監禁の開始又は維持のための暴行又は脅迫は監禁罪を構成する)であるかその記載において不明瞭であつたことは否定できないが、数次に亘る裁判所並びに弁護人側の要求の結果、検察官においては被告人側の防禦権行使に不利益を生ぜしめない程度に訴因を特定した上、実質的審理の段階に至つたことが明白であるから、結局本件公訴事実の訴因が明示されないことを理由に公訴棄却の判決を求める弁護人の主張は理由なきに帰するものといわなければならない。

二、正当行為の主張について

弁護人大貫大八、同坂本泰良、同鈴木紀男、同野田宗典は被告人等の本件所為は前記一の1掲記の如く、御用組合たる第二組合の佐野支部長飯塚宇一の第一組合に対する切崩工作を防止するためにとられた正当な労働組合運動であつて労働組合法第一条第二項本文に則り違法性を阻却さるべきであると主張するので、更にこの点につき本件各証拠に基き検討を加えるに、第二組合が弁護人主張の如き御用組合でありその佐野支部長であつた飯塚宇一が第一組合の切崩工作に奔走していたとの点についてはいづれもこれを認めるに足る確証はない。仮に被告人等の所為が労働組合法第一条第一項所定の労働者の団結を擁護する目的に出たものであるとしても、その行動は平穏裡に而も秩序ある方法で行われなければならないのである。然るに本件事犯は暴力を行使して相手の身体自由に拘束を加えたものであることは判示認定の通りであつて社会通念上許容される限度を逸脱したものといふべく、これをもつて同条第二項にいわゆる正当な行為であるとすることのできないことは、同項但書によつて明らかであつて憲法第二八条は右のような行為までをも正当化する趣旨ではない。従つて弁護人の主張は採用の限りでない。

三、正当防衛の主張について

前記二冒頭掲記の弁護人及び被告人山田長司は、本件被告人等の行為は飯塚宇一等の第一組合に対する切崩工作に対しとつた正当防衛行為であると主張し、仮にそうでないとしても本件行為は飯塚宇一の挑発によつてひき起されたものであるから違法性は阻却されると主張するが、本件各証拠によつても被告人等の判示所為が正当防衛行為であるとか、飯塚宇一の挑発行為があつたものとは到底認めえられないから右各主張も採用できない。

四、緊急避難の主張について

被告人山田及び弁護人坂本泰良は、本件発生直前の第一組合と第二組合との抗争はその極に達し第二組合の第一組合に対する切崩工作に対しては、第一組合側は連日連夜その防止対策等に腐心し、特に日中バスの運転に従事していた同組合の運転手及び車掌等は、仕事を終つて後もしばしば夜を徹してこれが協議を重ねるなど同組合員の疲労はその極に達していたし、第二組合佐野支部の組合員もまた立場を異にするとはいえ前同様の状態におかれていたもので、このままに推移すれば、バスの運転に従事する両組合員が、極度の睡眠不足等により乗客に対し当然重大な不測の事故をひき起すやも計られない事態に立至つていたので、飯塚に対する交渉も右不測の事故を未然に回避するためにとらざるをえない唯一の方途であつたのであるから、仮に被告人等に判示の如き所為があつたとしても、それは緊急避難行為として刑事責任を阻却さるべきである。仮に右主張がいれられないとしても、右のような情勢下におかれた者に対しては、それが被告人以外の者であろうとも前記事故防止のため飯塚と深夜の折衝をする以外の方法を期待することはできなかつたものというべきであるから、期待可能性の理論を適用して被告人等の刑事責任は阻却さるべきであると主張するが、本件各証拠を仔細に検討してもなおかつ被告人等の行為が刑法第三七条の緊急避難行為であるとは認めがたいし、又所謂期待可能性がなかつたともいえないから右各主張は採用できない。

(前科)

一、被告人早川嘉一郎は、昭和三二年五月一六日足利簡易裁判所において、道路交通取締法違反罪により科料五百円に処せられたが、このことは同被告人の当公判廷における供述と検察事務官作成の前科調書(記録第三六〇〇丁)の記載を綜合してこれを認め

二、被告人阿由葉茂彦は(1)昭和二三年六月二一日足利簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年六月四年間刑執行猶予に処せられ、次いで(2)同年一一月二九日宇都宮地方裁判所において同罪により懲役二年に処せられ、同刑の受刑中(1)刑につき刑執行猶予の取消を受け、いづれも判示犯行前にその刑の執行を受け終つたもので、このことは、同被告人の当公判廷における供述と、検察事務官作成の前科調書(記録第三四八八丁)の記載を綜合してこれを認め

ることができる。

(法律の適用)

被告人等の判示所為中監禁の点は刑法第二二〇条第一項第六〇条に、暴力行為等処罰に関する法律違反の点(多衆の威力を示し且つ数人共同して暴行脅迫をなした点)は同法律第一条第一項刑法第二〇八条第二二二条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第二号に各該当するところ、以上の所為の間には刑法第五四条第一項前段の関係(最高裁判所刑事判例集第七巻一一号二三五〇頁擬律の項参照)が存するから同法第一〇条に従い重い監禁罪の刑を以つて処断すべく、その刑期範囲内で被告人山田長司を懲役六月、被告人島田要三を懲役四月に処し、被告人阿由葉茂彦については、前示前科があるから同法第五六条第一項第五七条を適用し、再犯の加重をなした刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処し、被告人早川嘉一郎の右罪と前示前科の罪とは同法第四五条後段の併合罪の関係にあるので、同法第五〇条に従い未だ裁判を経ない右監禁罪について処断すべく、その刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処し、以上被告人四名に対してはいづれも情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から被告人山田長司、同早川嘉一郎、同島田要三に対し各二年間、被告人阿由葉茂彦に対し三年間右各刑の執行を猶予する。尚訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条に従い、被告人等をして主文第三項掲記の通り各負担せしめることとし、主文の通り判決した次第である。

(裁判官 堀端弘士 柏木賢吉 桑田連平)

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